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-------------●ここは鋼の錬金術師「ロイ×エドSSリレー企画」の二次創作サイトです♪●-------------※全ての画像・テキストの無断掲載持ち帰りはしないでください・初めての方は「about」をお読みください※since07/10/25
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「一番大事なものを手放そうとするから隙ができるのよ?そこに付け入られるのも貴方の手落ちね」
悪魔のような笑み。けれど発している口調はおかしいくらいに静かなのだ。慈愛に満ちているとさえ受け取れるほどに。
「雨の中、ずっと待たせて。貴方は雨に濡れているこの子を見続けていた……。ねえ、何を告げるつもりだったの?」
告げる、つもりだった。
あの冷たい雨の中。悲しみに濡れるエドワード。
あの場所でずっと、雨に濡れることも構わず私を待っていてくれた彼に。

さよなら、と。

来てくれて、そして私を待ち続けていてくれた。それだけで十分だった…・・・はずなのに。
目的へと走る自分についてきて欲しいなどと言えるはずもなく。
エドワードもエドワードで。叶えなければならない望みがあるのだから。
この別れは必然なのだと、これがお互いのためなのだと。
別れたとしても、この気持ちは変わらないと。そう、そのはずだったというのに。
……これは、なんだ。この女は……。手放そうとするから隙ができる、だと?
「何が言いたい、貴様……」
笑顔の下で何を考えているのかわからない。今ロイにはっきりとわかっているのはフィオレッナの恐ろしいほどの情報の正確さ、のみだ。感情に引きずられそうになる心を、ロイは何とか理性で止めようとていた。
「この子のことを貴方はもう手放すのでしょう?なら私が好きにしてもいいということよ」
「……何をする、つもりだ」
尖った氷に切りつけられたように寒気が走る。ふるえそうな指先をとどめているのはロイの矜持でしかない。冷静に対処せねば思わぬ落とし穴に落とされる。それがわかっているというのに反撃の糸口がつかめないどころか焦りだけが増していく。フィオレッナのペースに乗せられたまま、どんどんと退路を狭められていくような感じさえしてしまう。
「無関係なモノ、でしょう?壊そうと汚そうと貴方に口を出す権利はないわ。貴方が捨てたものを私が拾った。ただそれだけよ?ああ、そう…ね。少しだけ教えてあげようかしら?……パパはこの人形で遊ぼうとしたわ。乱暴で好き勝手する困ったパパでごめんなさいね?でも私は綺麗に着飾ってここに大事に座らせてあげているの。……いつか飽きるまで、ね 」
ころころと声を立てて笑うフィオレッナに対する怒りが抑えられそうもない。冷静に、と理性は告げてくるのだが感情は叫ぶのだ。そんなことのために私は彼を手放そうとしたのではない、と。
「……鋼のに何かしてみろ。その時は私が貴様を地獄に送ってやる」
低く抑えたかすれた声。そこにはフィオレッナに対する怒りとも殺意ともとれるほどの強い衝動が込められていた。けれどこの言葉を聞いた瞬間、フィオレッナは「あははははははは」と高笑いをしたのだ。
「そうやっていつまでも逃げているがいいわ、ロイ・マスタング。情けない男ね。この子を心の底から捨てることもできず、ただ、相手の幸せのために身を引いたなんて似非ロマンチシズムに浸るのがお似合いよ。『別れても愛しているのは君だけだ』なんて自分に酔ったセリフでも言うつもりだったんでしょ?笑わせないで。そんなのは捨てる方の勝手な言い分だわ。身勝手な理屈であなたの都合に振り廻されたほうがどれほど傷つくと思うの?それを受け止めることもできやしないクセに」
ぐ、っと。詰まった。感情は激昂するが、フィオレッナの言うことはある意味正論で。だがここで引き下がるわけにはいかない。ロイは口を開きかけたが、フィオレッナに機先を制された。
「……まあいいでしょう。いきなり要求を突きつけて即答しなさいなんて不作法ですもの。お返事は次に会った時で構いませんわよ?」
たおやかな笑顔でフィオレッナは会話を終了させた。そして、いつの間にか開けられていたのか扉の向こうには銃器を構えたフィオレッナの部下たちがずらりと勢揃いしていて。
「お客様はお帰りよ。丁重にお見送りを」
部下に告げた言葉は簡潔だ。ロイはやはりフィオレッナを睨みつけることしかできなかった。

「ごきげんよう、ロイ・マスタング大佐。次に会う時を楽しみにしておりますわ」

フィオレッナの声はバタンと閉められた扉に遮られたのか、それともロイへと届いたのか。どちらにしろそれにはフィオレッナはすでに無関心だった。手にしていたライフルはポイっと投げ捨てて、スカートをひるがえすようにくるりとエドワードの方を向いた。
「もういいわよぉ、起きているんでしょ?」
ゆっくりと見開かれた金色の瞳。それはフィオレッナを睨みつけていた。
「あのな、アンタ、大佐のことイジメすぎ。……あれじゃ、今頃……」
「話したことはすべて私の本心よ。どの道を選んでもらっても私は構わないの。私の目的はこの家を手にすること。そのためにはパパがどうなろうとロイ・マスタングがどうなろうと知ったことではないわ。ついでに言うとあなたも今のところ私の大事なカードの一枚にすぎないわよ?」
首をかしげるその様子は愛らしい。だがその口調や雰囲気にうっかりだまされてはいけないのだ。確かにフィオレッナは本心しか話さないのだろう。それが彼女に捕まってからの短い時間の中でもエドワードには感じられた。かといって油断は禁物なのだ。ロイすらやりこめてしまうほどの手腕の持ち主、父親の駒になどなる女性ではないのだろう。抜きかけた気を引き締めなければと、エドワードは未だうまく動かない手足の代わりに思考のみを巡らし始めた。
「一応しばらくは大人しくしてやってもいい。だけどオレはカードなんかじゃねえ。……オレはオレのルールで動く。ロ…、大佐を、アンタの駒なんかにはさせねえ……」
潜入捜査の目的は半分は果たしたようなものだ。ファルザーノが何を考えどう動くつもりなのか。それはわかった。けれどそれがわかったところでエドワードは今この段階でこの家から離れるわけにはいかなかった。ファルザーノよりもこのフィオレッナがどう動くか、それが全くと言っていいほど読めないのだ。本気で、ロイに自身の父親を殺させようとしているのか、それともそれを布石に何か事を起こそうとしているのか。それすらわからねばこの状況を好転させられる勝機も掴むことはできない。多少の身の危険は感じなくもないが、ここはしばらくフィオレッナの動向を探るしかない。エドワードは決意をこめて睨みつける。が、フィオレッナはくすりと微笑むのみだった。
「貴方ねえ、あんな身勝手な男、甘やかすことないでしょお。自分を大事にしてくれない男と付き合っていてもメリットはないわよ?雨の中、何時間も貴方を待たせて。それを影から見ているだけで何にも言わないで次の日には私とお見合いよ?ついでに言うと私とあの人、結婚まで一直線かもしれなくてよ?あなたそれでいいわけ?」
「いいわけねえだろ……」
「わかっているのならなんとかなさい…・・・って、ああそうね。そのためにこの家まで乗り込んできたんですものね。私、そういうのは好きよ」
それもあるが、ロイを暗殺させるわけにいかないからコルネオ家の尻尾くらいつかむつもりの潜入捜査だとはさすがに言うことのできないエドワードではある。
「……なあ、本気でアンタのあのクソ親父。大佐に…殺させるつもりなのか?」
話題を切り替えるためエドワードは単刀直入に切り出した。
が、しかし。フィオレッナはええと?と首をかしげるのみだ。
「どの道を取ってもらってもいいわよぉ?……あのね、私のパパはロイ・マスタングを暗殺してもいいし、私と結婚させて上手い具合に東方を牛耳ってもいいしでどう転んでも自分の利益に結びつくような方法をとるの。私もそうよ。本当に殺してもらってもいいし、パパをこの家の当主から引きずり落とすだけでもいいの。……コルネオの家の者はメリット追求主義なの」
あまりにあまりの言葉にエドワードはあんぐりと口を開けた。
「ねえ、それよりお茶にしない?しゃべりすぎて疲れちゃったのよ」
ふうと吐き出されたため息に、エドワードはこっちの方がため息をつきたいと思った。本当に何を考えているのか少しも読むことができない。言っていることに嘘は感じられないけれど、状況が変われば取る立場もコロコロと変わるのだろう。いっそこの人にコルネオ家を支配させたほうがいいのかもしれない。現状の政権を裏の経済から支えさせるのではなく彼女の人脈だの家の力だのをすべてロイを上に押し上げるために使うことができるのなら。これほど強力なバックもないのかもしれないのだが。
「なあにがお茶だよ。アンタに嗅がされた薬、まだ利いてるんだぜ?……しゃべるくらいは出来っけど、手も足もまだちょっと痺れてるんだけどよ?」
ふと浮かんだ考えだったそれは妙案であるような気もして、軽口をたたきながらもエドワードは錬金術師の論理的な思考で現状を分析してみようと試みた。
力は力だ。それをどう使うかは使うもの次第である。今ここにあるコルネオ家の力。メリット追求主義だというのなら、何も現政権を支えるためだけに暗躍しなくてもいいのではないだろうか。たとえば表舞台に立たせ、堂々と裏の手段を取ることなく権勢を伸ばす。それができれば、そしてあのファルザーノの腐れ親父はともかく、この人なら。そういう真っ当な道の方を望むのではないだろうか。現状ではこんな考えなどとっさの思いつきというよりも単なる机上の空論に過ぎないのだが。それほど大きくフィオレッナの本質から外れていないような気に、何故だかエドワードはなってしまった。
上手く、大佐がこのヒトを御することができるのか?それはかなり難しいと思う。なら、お互いにメリットを提供し合えればいいんじゃねえのかな。大佐も得して、このヒトも得する。そんな道があれば。
だが、上手くいくかどうかというよりも、この考えが前提条件として正しいのかさえも不明で。
もっと、詳しく。この人を知らないといけないのかもしれない……。
さらに深く考えに集中しようとしたが、
「ああそうねえ。うーんと、じゃあね、私が飲ませてあげるわね♪口移しで、のほうがいいかしらー?」
歌うように告げられた発言内容に「な、な、ななななななな……っ!」とエドワードは真っ赤になってしまったのだ。



「くそ……っ!」
完全に今回は負け、だ。その点は認めざるを得ない。侮っていた。コルネオ家をではなくその家の娘を。見合いなどという名目で、父親の駒にされる娘であるのならばどうとでもできるなどと思いあがっていたのかもしれない。完全に、負けた。もう一度、駄目押しのようにロイは胸の中で繰り返した。あれほどの情報の正確さと速さ。どこから手に入れたのか。それすら皆目見当がつかない。そして捕らわれてしまったエドワード。その彼を目の前にしながら引き下がることしかできない自分の不甲斐無さ。考えなければいけないことは山ほどある。
何故あの場にエドワードが捕らえられていたのか。
どうやったら彼をこの手に取り戻すことができるのか。
無意味な殺人などできるわけもない。
コルネオ家を、国の安寧を邪魔する勢力は可及的速やかに取り除かなければならないというのに。
なのに。
胸に浮かんでくるのは現状を覆す策ではなくて、先ほど告げられた言葉の数々だ。
ああ、確かに逃げていたのかもしれない。情けない男と罵られても仕方がない。
フィオレッナだけでなく、ヒューズにも言われた言葉が脳裏を掠めた。
「一番大事なものを見間違えても…か……」
ああ、確かに間違えた。
かもしれないではなく。間違えたのだ。その結果、小娘ともいえるような年齢のフィオレッナにエドワードが捕らわれてしまったのだ。
だが、このままでは終わらない。少なくともエドワードをあの家から救出しなくてはならない。
今回の負けは認めよう。そして如何に己が不甲斐無かったのかも。だが、ロイは負けたまま引き下がるような男ではなかった。何をどうすることが勝ちにつながるのか。それはわからなくとも。


「このままで終わるものか……」
負け惜しみではなく決意として。ロイは前を睨みつけた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



第七話担当ノリヲでした。
ロイVSフィオ嬢ちゃん。第一ラウンド終了~、勝者フィオレッナ!さあ、第二ラウンドは?
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まったく女というものは身支度に時間がかかる生き物だ。
彼女がこの場を退室して、かなりの時間が経過したように感じる。

その間増えるばかりの招待客をさり気なく横目でチェックしながらも、営業スマイル全開で自分に寄ってくるご婦人方のお相手をしていた。

それにしても盗み見た招待客の顔ぶれは素晴らしいものがある。
財界の著名人や有名人・資産家などの顔があちらこちらに見える。
さすがはコルネオ家主催のパーティーだけのことはある。

だがただのパーティーにしてはいささか物騒だ。
ガートーマンの数が多すぎる上、どうやらボーイや召使いなどに扮している者もいるらしく。
明らかにガタイや仕草が本来のそれとは違っている。

ご婦人のダンスへのお誘いをさらりとかわしながらも、辺りの様子を伺えば置かれている現状にその身が引き締まる思いだ。
一筋縄ではいかない相手とわかっていたから、覚悟は決めていた。
身内の懐に飛び込むのが一番と、罠であると知りつつも見合いの誘いにのり、偽装結婚をしてでも潜り込むつもりだった。
だが以外にも見合い相手の娘はただのお飾りではなく、色々とその胸に思惑を秘めているようだ。
信用している訳ではないが、先ほどの彼女とのやり取りの中には、自分個人に対しての敵意は薄いと見た。

いい加減待たされてそろそろしびれも限界だ。
ここに来てずっと姿を現していない、ファーザー・ファルザーノのことも気になっていた。

だがフィオレッナが「待っててくださる?」と言い残している以上勝手に動く訳にもいかない。
この状態で不審な動きを見せてしまえば全てが水の泡だ。
何よりフィオレッナの不興をかうのは得策ではない。


「ロイ・マスタング様・・・」

不意に背後立たれて、反応しそうになったのをなんとか押しとどめた。
戦争経験のある軍人の悪い癖で、背後を取られると・・・・・体が勝手に反応して身構えてしまう。

殺気は・・・・ない。
だが、やはり音もなく近づいてくる様は何かしらの訓練を受けたもののようで、振り返ったその先にいたのはボーイの服を着た男だったがどこか気は許せなかった。

「そうだが、何か? 」

「フィオレッナ様がお呼びです。お支度が整ったとのことで・・・・・ご案内するように言い付かりました」

やっと、か。
こみ上げてきそうな盛大な吐息をなんとか押しとどめて、ロイは男の後ろ姿を追った。






「こちらです」と一言だけそう言い残して、男は一礼して踵を返した。

その部屋は会場から少し離れた場所にあった。
なかなか豪勢な作りの、大きな二枚扉だ。
ロイは取り合えず「トントン」と二度ほどノックをした。

「どうぞ、お入りになって」

中からはフィオレッナの声がした。
「失礼・・・」ロイはそう告げると、そのドアの扉を開いた。
ギギギギッと重たい音をたてて、ドアは開いた。

部屋はどうやら彼女の私室のようで、配置された家具や装飾品・カーペットに至るまでの一つ一つ。
とても凝った装飾が施されて、女性らしい優しいカラーで統一されていた。

「よろしいんですか?見るからに私室のようだ。見合いといえどいきなり会った当日に、あなたの個室に招きいれるなど、何かのお誘いと期待してもいいんでしょうか。お父上が知られたらマズイのでは」

部屋の真ん中に設置された応接セットに座っていた彼女は、優雅な仕草で立ち上がった。

「あら、パパにはナイショのお話だから、ここにお呼びしたんですわ」
言いながら手馴れた仕草でソファを勧められた。

「それは光栄なことだ」
答えながらロイは勧められたソファへと歩を進めた。

「でも・・・・あなたは私に女性としての価値など期待されてないでしょう?」
あっさりとロイの言葉をそう切って捨てて、彼女はにっこりと笑った。

「いえいえ、社交辞令を差し引いても、あなたは十分魅力的な女性だ。ファーザー・ファルザーノの娘という肩書きに埋もれさせてしまうには惜しいぐらいだ」
言いながら応接セットの前まで来ると、ロイは立ち止まった。

「ええ、あなたのおっしゃるように、私はお飾りなどで終るつもりはないの。私達、気が合うと思いません?」

ロイは思わず苦笑した。
決して侮れない相手だが、一時的にでも手を組むのは悪くないかもしれない。
そう思いかけた矢先・・・・・彼女は急にロイに背を向けて、部屋の隅へと歩を進めた。

「ここに呼んだのはあなたに私の大事なお人形を見て貰いたくて・・きっとあなたも気に入ると思うのよ」
そういいながら、彼女は部屋の隅まで進むと。
そこにある赤いカーテンに手をかけた。

人形?

彼女の意図が掴めない。
先ほどは確かに互いに協力しようと聞えたのだか、何か取り違えていただろうか。

「フィオレッナ、あなたのお人形遊びに付き合っている暇は・・」
言いかけたロイの言葉が止まった。

豪華なイスを中心に沢山の人形が並べられていた。
動物などのぬいぐるみであったり、可愛らしい女の子の人形であったり。
所狭しと並ぶその人形達に囲まれるように・・・・・ひときわ大きな、彼女のいうところの「人形」がイスに座らされていた。

「・・・!!」

肩までかかる金の長い髪は、いつものように束ねられることもなくさらりと広がっている。
白い・・・・・真白な純白な清楚なドレスを着せられて。
「彼」はそこにいた。

本当に人形のようだ。
イスにもたれ掛かるように座らされた、その彼の瞼は閉じられたままで。
ドレスと同じくその顔までも白く・・・・いや蒼白で色がなく、まるで生気が感じられない。


さすがのロイも言葉を失った。


「何故・・・・ここに彼が?」
必死に動揺を隠し、平静を装って搾り出した言葉。
 
「パパから頂いたの・・・・・・。ドレスは剥ぎ取られてボロボロの状態だったから、私が着替えさせてあげたのよ」
ドレスを剥ぎ取られた・・・・・という言葉に思わず声をあげそうになったが、なんとか持ちこたえて押しとどめた。
ファーザー・ファルザーノ・・・・・噂には聞いていたが本当に見境のない下賎な輩のようだ。

そう言った彼女の手には、いつの間にか大きな銃が握られている。
それは通常軍などで扱われているコンパクトなものとは違い、間違っても市場に流通しえないような物騒な代物だ。
視界にそれが入ってきているというのに、どうにも彼が気になって思考がうまく回らない。

「パパったら人形の扱いがとても乱暴なんだから。昔から趣味はとても幅が広くて、私が理解出来ないものもあったけど。このコは悪くないわね」
フィオレッナの口調は相変わらず楽しそうだ。
上品な口元に笑みを浮べ、楽しげにその大きな銃をかざす姿が妙にこの場に不釣合いだ。

「あら・・・・急にお顔の色が悪くなられましたけど」
フィオレッナは実に客観的に自分の腹をさぐり、顔色を伺ってくる。
自分はもう内に押し込めた怒りで、楽しそうに笑うその顔が直視出来ないというのに。

差し出したバラの花束で刺客を排除したその勇ましさに、感嘆の念など抱いた己の迂闊さを呪った。
どちらかと言えば好意的な感情を抱いていた自分自身に嫌悪さえ感じる。

「私のお人形がどうかしまして?」
平然を装うしかない、動揺を悟られては駄目だ。
彼は・・・・・ただの私の部下なのだから。


「綺麗でしょう?」
大きな銃を片手に抱えたまま、もう片方の手で起用に彼の髪をするりとすくい上げる。
すると彼の大きく胸元の開いたドレスから、オートメールの肩が現れた。

「これ。オートメールというのかしら?素敵ね、でも神経がちゃんとあると聞いたわ。神経の接続をいきなり切り離したりしたら・・・・・・痛いんでしょうね」

彼女はそのしなやかで細く白い手を、エドワードへと伸ばした。
エドワードの頬に赤いマニキュアで彩られた彼女の指が触れた。

彼女は楽しそうにエドワードの顔をするりと撫でると、そのままゆっくりとオートメールの結合部分に手を伸ばした。



全てが壊れた瞬間だ。



「触るなっ!!!」


弾ける様に激しい制止の声を言い放った。


「あははははははははっ・・!」


待ち構えていたかのように、フィオレッナ勝ち誇ったような声をあげて笑った。

耳元でキンキンと甲高い声を出されたせいか、ピクリ・・・・と彼の眉が動いた。

大丈夫だ、息は・・・ある。

その一瞬を見逃さず、ロイは心の中で安堵した。
だが反応があったのは一瞬で、そのまま重い瞼が開かれることはない。
鍛えられた彼がここまで反応を見せないということは、どうやらなんだかの薬品投与は間違いないようだ。

すっ・・とロイの黒曜石が細く顰められる。
嘘で守れないというなら容赦はいらない。
あとは感情のまま怒りに支配されていくだけ。

殺気さえも纏ったその視線を真正面から受けても、彼女は動じた雰囲気もない。


「あら、とうとう化けの皮が剥がれてしまったわね」
顔は笑っているのに、見返してくる視線は挑むようで引けをとらない。


「こんな可愛らしい恋人かがいるのに、私とお見合いをしようだなんて・・・いけない人ね」

「彼は・・・・・私の部下だ」
表向きはそうだ、バレているとはいえわざわざ認めてやることはない。

「そぅ?別に私は彼にもあなたにも興味はないの。私が興味があるのはこの家。だから男も伴侶も必要ないの」
言い切った瞬間、銃をガシャリと構えた。

「ねぇ、お願いがありますわ」
言いながらエドワードの頭に、ピタリと銃を押し当てた。

ロイ殺気立った視線送ったまま、黙って彼女の次の言葉を待った。

「私が欲しいのは伴侶でもパートナーでもないの・・・・。邪魔なものを排除してくれる優秀な手駒。そう、あなたのようなね」
無言のまま拒絶するように、鋭い視線を投げてもまったくひるまない。
女にして、この度胸はどうだ。

「邪魔なものを、排除してくださらないかしら?」
フィオレッナは口元をゆるく上品にあげながらも、何でもないことのようにそう言った。
そして「さすがの私も身内を手にかけるのは気がけひますわ」、とそう続けた。それはすなわち自分の父親を消して欲しいということだ。

ロイはわざと盛大に眉を寄せて見せた。
心までも氷で出来ているのではないかと思われる女がよく言う、とばかりに。

「私に、殺せと?」

「あら、怖い・・・・・私そんなこと言ってませんわ」
銃をエドワードに突きつけたままの状態で・・・・・実に、楽しげに笑う。
だが恐ろしいことに彼女の体が揺れても、エドワードに押し付けられた銃は微動だにしていない。
それだけの力で銃を支え、尚且つその扱いに慣れている証拠だ。
これでは下手には、動けなかった。

「簡単に言ってくれますね」
低くなる声音もそのままに、挑むように言い返せば。

「あらっ、簡単でしょ?あなたなら出来るわイシュバールの悪魔と言われたあなたなら、ね」
確信しきった声で、昔の嫌な名を蒸し返されたが、ロイは敢えて反応しなかった。

「私ね、錬金術はまったくわかりませんのよ。素敵ね、手品のようなことが出来るんでしょう?例えば・・・・・何もないところ
 から不審火を出して屋敷を燃やしたり、乗っている車を爆発させたり・・・・」

「手品をして見せろと?」

「ええ・・・あなたのその、素敵なスーツのそのポケットの中にある発火布があれば簡単でしょう?」
さすがにスーッとロイの双眼が細められた。
どうやら、こちらのことは全て調べあげているようだ。

それもかなり正確で詳細な情報だ。
自分とエドワードのことも知っているのは、軍でもごく身内の一部の人間だけだ。
おまけに自分の扱う錬金術の属性まで調べているとは恐れ入った。
実は父親などよりこの娘のほうが危険なのではないだろうか。

「そんなことを私が引き受けるとでも?」

「いいえ、思ってないわ。でもあなたは、逆らえないわね?」
艶やかに笑ったその美しい顔は、まるで悪魔のようだ。

彼女の構える銃口の先には、今だ意識のない「彼」がいた。




※※※※※※※※※※※※※※



すみませんっ、漂白剤くださーいっ←いきなりそのネタですかっ。
皆さまのイメージされていたフィオレッナのキャラを真っ黒に塗りつぶしたのは私です(土下座っ)
ロイだけに留まらず、オリキャラまで黒さが浸透してきている模様です(涙)
次の方是非とも漂白して補完してください~っ。

つぐみ拝

どんな手を使って潜り込んできたのかは知らないが、その行動力にも称賛を贈りたいところだなぁ、とファルザーノの瞳は面白い獲物を見つけた時のように輝きを増していた。可愛らしいだけではなく、度胸も容姿も噂通りに天下一品だ。私の褥に招待するのにふさわしい……。ファルザーノの口元が緩む。その気配を察したのかファルザーノの護衛官たちは主の視線の先を追った。
柱の陰に潜むようにして。佇んでいたのはピンクのドレスを着た金の髪の少女。本日のパーティの招待客リストにはないその少女の姿に、護衛官たちは背広の内から銃を取り出した。
「ファーザー・ファルザーノ。……排除、いたしますか?」
気配を硬質のものに変えた部下たちをファルザーノはにこやかにほほ笑みながら制した。
「先走るな。……実に可愛らしいだろう?あれは排除するのではなく愛でるもの、だ」
わるくない。ああ、悪くないな、と一人悦に入ったように頷いているファルザーノだった。ひとしきりくすくすと笑った後ようやくファルザーノは護衛の部下へと指示を出した。
「あの【少女】を私のプライベート・ルームへと案内しておくように」
丁重にな、付け加えたファルザーノに無言で頷いた部下たちはすっと足音も立てずに、尚且つ気配も消してエドワードの背後の方へと回りこんだ。


エドワードは、招待客達に正体がばれないようにと柱の陰に潜んでこれからの作戦について頭を巡らせていた。
パーティには無事潜り込めた。これからが勝負。何が何でもコルネオ家の黒い尻尾の一端でも掴んで帰ること。それがロイを守ることにもなるし、見合いを潰すことにもなるのだ。
幸い今回開催されているパーティは盛大なものだが、ロイとそしてフィオレッナ・コルネオの見合いというのはメインではない。定期的に開催されているコルネオ家主催の単なるパーティ。その陰では様々な催しが繰り広げられているとも言われているが証拠など何一つつかんだことはない。まあ、たくさんの人間が集まり、談笑し……それぞれに楽しみを見つける。ダンスをするもよいだろう、カジノなどの遊びに興ずるも良し。上の部屋を取り、快楽に耽ることさえ可能だ。その会場に招待されたロイ・マスタングが運命的にフィオレッナと出会い、そして恋に落ち。二人はめでたく結ばれた、というのがファルザーノの筋書きだ。けれどその裏では様々な思惑が入り乱れていた。筋書き通りに二人が結婚し、そして東方司令部を裏から操る。まあそれが最も楽な道すじ、仮に例えるのならプランAというところだ。そしてそれでもファルザーノは構わなかった。けれど、そうやすやすとあのロイ・マスタングがコルネオ家の思う通りに動くとは考えにくい。とすればプランBに移行する。つまり、今回を契機に彼をこちらのサイドに引き寄せ、うまい具合に暗殺してしまうのだ。それをコルネオ家と懇意のとある武器商人やらテログループやが狙っているのはもちろん知っているしファルザーの自身も賛同の意を表明していた。だが、どちらに転んでも得をする道を取るのがファルザーノのやり口だ。娘が本気でロイを身内に取り込んでも良し、ロイが死んで東方を手にしても良し、なのである。どちらにしろ家はますますの繁栄を遂げるだろうし、ついでに目の前の【少女】も手に入れやすい。
ファルザーノは自身の今後の未来に乾杯と、胸の内で独りほくそえんだ。


一方、そんな思惑にも気がつかずにエドワードはこれからの作戦を練っていた。練っていたのだが……。「わあああ」とか「きゃあああ」だとかいう歓声に一瞬はっと気を取られ、思考は中断せざるを得なかった。
歓声とともに現れたのはいつもの軍服と異なりフォーマルスーツ姿のロイであった。そして手にはフィオレッナへの手土産なのだろう、ロイは両腕に大輪の薔薇の花を抱えていた。
――大佐……。
自分へではない別の誰かへ贈る花を抱えたロイに、エドワードの胸はずきりと痛んだ。
覚悟、はしていた。だけどまだロイからは何も言われていない。だけどやっぱりロイは自分と別れるつもりなのだ。それは愛情が冷めたという理由からではないにせよ、ロイ自身の目的をその手に掴むためとは云えども。
エドワードの耳に昨日の雨の音の幻聴が聞こえてきたようだった。身体も、冷たく冷えた重みすら感じてしまう。
エドワードは思わずうつむいて、ぎゅっとドレスを握り締めた。
そのエドワードの右腕を、後ろからいきなり誰かがつかみ上げた。エドワードが身をひるがえす暇もなく脇腹へ固い銃口が押し付けられて、もう片方の腕も別の男によってとらえられた。
――しまった……!
気がついた時には遅かった。
「……お嬢様、とお呼びするべきでしょうか?それとも『鋼の錬金術師』のほうがよろしいですか?」
押さえつけるような声を出したファルザーノの部下たちを、エドワードがギリリと睨みつける。銃口を押しつけてきている男の足を思い切り踏みつけて、会場の招待客達にばれないように錬金術でも使ってこの場を逃れてみようかと、考えた瞬間にもう一人の別の男が「危害を加えるつもりはない」と淡々と告げた。
「我らが主、ファーザー・ファルザーノがお呼びだ。……大人しくついてこい」
エドワードははっと顔をあげた。
これはピンチなのかチャンスなのか。それはまだわからない。だが……。
「いいぜ、行ってやる」
抵抗の意思などないことを言葉で表明して。言われた通りに大人しく従っていった。
ファルザーノの懐に潜り込んで、その内部から道を掴むのも一つの手なのかもしれない。そんな考えは単に今のロイの姿を見たくないからという逃げ、かも知れないことにエドワードは気がつかないふり、をした。


ロイはエドワードがこの場に居ることなども気がつかずに、営業用の甘いスマイルを浮かべて、フィオレッナへ薔薇を手渡した。
「本日はお招きにあずかりまして……。麗しの君に出会えて光栄です」
如才なく会話を切り出したつもりだった。が、フィオレッナ・コルネオは受け取った薔薇の香り「まあ、いい香りですこと」などとうっとりしたような表情を浮かべつつも、非常に硬質そして重低音の響きを伴うつぶやきを漏らした。
「仕組まれた、とわかっていてよくもまあこの場に来れたことですわね。その度胸は賞賛すべきなのかしら?」
何のことかわかりませんと目線だけでロイは応えた。
「女性への初めての贈り物としては花束は相場ですが……気に入ってもらえたのなら嬉しいですね」と口元だけで笑って見せた。
ロイの漆黒の瞳をフィオレッナはじっと睨みつけて。そしてふっと肩の力を抜いた。
「まあいいわ。及第点ね。あのね、私は腹芸を繰り広げるのも無能な娘のマネをするのも面倒なの。だから率直に言うわ、ロイ・マスタング。ウチのパパは貴方を殺しちゃえ☆っていう計画にも加担しているのですけれどね、私は私で思惑があるの。それに協力するつもりはあるのか、し……」
彼女が一旦言葉を切ったのは迷ったからではない。いかにもロイがフィオレッナとの会話を終えたら次に挨拶をさせてくださいとばかりに二人の周囲を取り囲んでいた招待客のうちの一人が、いきなりナイフを取り出し突きかかってきたからだ。
フィオレッナはロイの腕をぐいと引くと、もう片方の手で持っていたバラの花束を大きく振り上げるなり、そのナイフを掲げた男の身体を花束で力任せに打ちすえた。
「今、私たちお話し中なの。不作法でせっかちな男は嫌われましてよ?」
言葉は穏やかだがバシンバシンと打ちすえる度に花束を包んでいるラッピングが空を切るような唸りを上げる。その音と共に赤い薔薇の花弁は花吹雪となって宙に舞い、そして磨き上げられた床へと散っていく。使い物にならなくなった贈り物をぽいと捨て、トドメとばかりに男の腹を蹴りあげた。
男の手からカランと音を立ててナイフが床へと落とされて。そしてその男も床へとあっさりと転倒した。
「私と貴方のどちらを狙ったのかはわかりませんけど……せっかくいただいたお花を台無しにしてごめんなさいね?」
フィオレッナはまるで悪戯を咎められた少女のようにぺろりと舌を出した。が……。
今まさにした行動といえば、花束でナイフを持った男を打ちすえて、尚且つドレス姿で男を蹴とばし、更にノックダウンさせたということで。
さすがのロイもあっけにとられて目をぱちくりと瞬かせた。予想外の彼女の行動にとっさに取り繕うことができなかったのだ。
「あのね、マスタング大佐。お話したいことはたくさんあるんですけど、ドレス、破れてしまったから着替えてくるわね。……少しの間待っててくださる?」
首をかしげたその姿も、破れたドレスをつまみ上げるしぐさも愛らしい。だがさすがにコルネオ家の娘と称賛の声を上げるべきなのだろうか。他の招待客への配慮も忘れずみなへ向かって艶やかな笑みを浮かべる。そして、「その男、さっさとかたずけて」と部下たちに対して指示を出しながら会場を後にするフィオレッナにロイは少々感嘆のため息を吐いた。


一方、エドワードは。
ファルザーノのプライベートルームから下着姿で飛び出してきた。まあ何があったのかは予想の範囲だろうが、押し倒されて、危ういところを逃げて来た、という形だ。
だが、こんな姿になったとしてもこのまま逃げるわけにもいかない。どこかで着替えを調達して……と思い、適当な部屋へと潜り込んだ。それはちょうどよく衣装部屋だったらしい。服服服、数えきれない枚数のさまざまな色彩の服がすらりと並んでいたのだ。けれどどれもみな綺羅綺羅しいドレスなのだ。
「……オレにまたドレス着ろってことかよ……」
ドレスなんか着た揚句におっさんに押し倒されて、そこをなんとか蹴りあげて、必死になって逃げてきたというのに何の因果でまたドレス?
はあ、とため息をつきたくなるのも無理はない。だが、ため息なんかをついて気を抜いている場合ではなかったのだ。
「――どなたかしら。私の部屋に入り込むなんて」
開いた扉の隙間から殺気に満ちた声がエドワードを捕らえた。
振り向いてみればそこに立っていたのはいつどこから調達したのかライフルを抱えているフィオレッナで。
――マズイ、さっきはおっさんで今度は娘のほうかよ。
冷汗が、エドワードの背筋を流れた。が、驚愕などはみじんも感じさせないような堂々とした態度で、エドワードは両手を上げた。
「アンタのクソ親父に、乱暴されそうになったから逃げただけだ。……服、ひんむかれたから、このままじゃ逃げられねえだろ。なんか着る物と思ってただけだ。アンタへの他意はねえよ……」
少なくとも、ロイの見合い相手に、こんなみっともない姿で対峙はしたくはなかった。エドワードは吐き捨てるようにそう言うと、唇を噛みしめた。両手を上げたこの状況ではそうする以外にできることはなかったのだ。
「あらん?」
フィオレッナは先ほどとは180度異なる気の抜けた声を出す。自分の衣装部屋に誰かが隠れていたと思えばそれは自身に対する刺客ではなく、ちっさこいコドモで。警戒を解くようにフィオレッナはにこやかな笑みを浮かべてみた。
「あん、ごめんなさいね?私の許しもなく私の部屋に入っているものだから、刺客とか暗殺者とかそういう職業のヒトだと思っちゃったのよぉ」
ぽいっと手にしていたライフルを捨てて、フィオレッナはすたすたとエドワードに近寄っていった。
「んー。いかにもウチのパパが好きそうなキレイなお顔ねあなた。……ええと?服、だったかしら?どれがいい?」
いきなりフィオレッナに両頬を手で挟まれ、瞳までのぞき込まれたエドワードはあまりの話の早さと彼女の顔の近さに、さすがに「えっ」と硬直した。
「パパの手の早さには困ったものね。この私の、実の娘よりも小さな子にまで手を出そうとするんだから」
小さい。
小さい。
小さな子。
前後の状況も忘れ「だああああぁぁぁぁぁれがぁぁぁぁぁぁぁぁミジンコみたいに小さい子、だあああああああああっ!」と激昂した。
「あん、もう、騒がないでよ。騒いで困るのは貴方の方でしょ?」
フィオレッナは携帯用のアトマイザーを取り出すと、それをいきり立ったエドワードの顔面に、シュッと吹きつけた。
「え……」
甘い、臭いがして。エドワードは吹きつけられたものが香水なのだと認識した。 「いい香りでしょ?私いつもこーゆーの持ち歩いているのよ」
女性の身だしなみなのだろうか、と思ったのだけれども何故だかくらりと視界が回った。
「あ……」
どさりと、音を立てて。エドワードは絨毯の上に崩れ落ちる。身体にまったくと言っていいほど力が入らなかった。
「護身用よ。……仮にもコルネオ家の娘ですもの。いつも命の危険なんかにはさらされているの」
意識を失いかけながらもエドワードは必死になってフィオレッナを見上げようとした。が、瞳は重く、目を開けることさえすでに困難だった。
――マズイ、これ、香水なんかじゃねえ。催眠スプレーとかだ……。
だが、吹きつけられたスプレーの中身がなんであるかなどわかったところで。エドワードは自身の意識が急速に遠のくのを止めることなどできなかった。
「『鋼の錬金術師』エドワード・エルリック。写真でみたとおり可愛いわぁ。それからとある単語に過剰反応するというところも報告書のとおりね」
浮かんでいる表情とは異なりフィオレッナの声音は淡々としてものだった。
「それからね、後でロイ・マスタングには言おうと思ったのだけれども……。私はこのコルネオの家を継ぐのよ。この私が、私の意志で、パパの後を継ぐの。無能な婿を貰う気もないし、やり手のパパの部下たちの誰かを婿にして、形だけの当主に収まる気もないの。パパがマスタング大佐を暗殺しようとするのなら、それを阻止すれば私の実力は他の組織にも知れるでしょうし、コルネオの家を継ぐだけの才があるとわかるでしょう。そうね逆でもいいの。皆を出し抜いて、私がマスタング大佐を暗殺しちゃっても良いわけだし。この子は……さて、どういうふうに使うのがいいのかしら……」
ああもう聞いてはいないわね。と崩れ落ちたエドワードの身体をじっと見つめて、フィオレッナは口元を緩めた。予期せぬエドワードの乱入はフィオレッナにとっては交渉のカードが一枚増えたに過ぎなかった。だが、このカードはなかなかの素晴らしい天からの贈り物なのかもしれないと、天使のような極上の笑みをエドワードに向けたのだった。


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すみません勝手に第五話書いちゃった、ノリヲです。またも長くなってごめんなさい
娘が書きたくて。(娘はメインじゃないというのになぁぁ)。
というか出張ってすみませんフィオ嬢ちゃん。

えーと、ひんむくあたりを割愛したのは…ここがカステラ部屋だから(笑)アダルト禁止~v
「まあ、いらっしゃい。エドちゃんにアル君」
「お兄ちゃん達いらっしゃいーvv」

「「こ、こんにちは…」」

エドワードとアルフォンスは引きつった笑顔でご挨拶。まあ、アルフォンスは鎧だけど、生身なら間違いなく引きつっている。
それもそのはず、極秘の潜入捜査の準備と打ち合わせに、ヒューズに連れて来られたのは軍部でもなくホテルでもなく、一家団欒を絵に描いたような幸せな家族が住んでいる家、だったのだから。

「ち、中佐っ」
小声でエドワードは抗議をするが、まあまあ上がれって!人好きのする笑顔で背を押され、気が付けばアルフォンスと二人リビングのソファに座っていた。
そんな二人を、更なる奇々怪々な事が襲う。

「さあ、これで良いかしらエドちゃん、どう?」
「はい?」

エドワードの頭上をクエスチョンマークが乱舞し、次の言葉も続かず三点リーダーが10個ほど連なっている。
その原因は、ひとえにヒューズ夫人が手にしていたもの。それは、それは――――。

パステルピンクを基調としたドレスだった。

フリルとレースをふんだんにあしらったそのドレスは、とっても愛らしく年端のいかない少女が着るのにぴったりなデザインで。
しかも、このドレスとお揃いであろう髪を括る大きなピンクのリボンが、ヒューズ夫人の手に握られていたりする。

「……あ、あの…」
「仮装パーティーに参加するのですってね。思いっきり楽しんでくるのよ」
「え、……あ、うん!」

にっこり笑うグレイシアの隣で、ヒューズが目配せしている。その意図を、エドワードは瞬時に理解した。
ロイに内緒でする潜入捜査、ホークアイ達に協力してもらう選択もあったのだが、軍部内では、どこで洩れるか分からない。
なら、まったく事情を知らない第3者に介入してもらうのが良策だ。けれど、それでも信頼の置ける人物でなければならない。
その点、グレイシアはぴったりの人選だ。もちろん彼女は潜入捜査の事は知らない。ヒューズは絶対に知らせたりしない。
あくまで、仮装大会に出るエドワードを、これでもかって程に可愛らしく愛らしい少女にしあげてくれ♪と、面白そうに言ったのだ。

予想通り、グレイシアは嬉々としてエドワードを少女に仕上げていってくれる。
トップで大きなピンクのリボンで結い上げ、でも少し遊びを持たせて緩く垂れる髪が、ほんの少しの色気を演出している。といっても、大人のそれではなく、あくまで少女特有の色気なのだが。
それがまた危ない程に可愛いのだ。

「まあ、エドちゃん!少女趣味のおじさんには気をつけるのよ」
「は、はい…」

気をつけるのよ、そういいながら、夫人はとても嬉しそうだ。反対にエドワードの気分は地を這っている。

サイテーだ…。ロイには見せられねぇ……。

ひたすら気分は落ち込んでいく。でも、テンションが上がりっぱなしな人もいる。

「ママ~、パパ~、お兄ちゃんとっても可愛いvvエリシア、こんなお姉ちゃんがほしいよ!」
「ははは、お姉ちゃんは無理だが、妹なら頑張れるぞ!」
「ほんと!?」
「ああ、パパにお任せだv」
「ぱぱ、だいすきvv」
「ぱぱも大好きだぞ~VV」

勝手に盛り上がっている親子に、エドワードは完全に蚊帳の外だ。だが、ヤキモキしながらアルフォンスが助け舟をだす。

「あ、あの~ヒューズさん。そろそろパーティーの時間じゃ…」
「おぉ、そうだった!じゃ、これからエドを二人で送ってくるわ」
「ええ、いってらっしゃいエドちゃん」
「お兄ちゃん、がんばってね」
「お、おう…いってきます」

うな垂れるエドワードを、ハイテンションのヒューズが車に乗せ出発した。もちろん、アルフォンスも鎧姿で会場入りする、とグレイシアとエリシアには言ってある。

だが実際は、アルフォンスは中には入れない。偽装した招待状を持っているのはエドワードだけ。
そもそも、鎧姿のアルフォンスでは目立ち過ぎて潜入捜査はできない。
そして、エドワードも『鋼』の二つ名はあまりに有名で、容姿も特徴も知られており、何より今夜出席する上層部のお偉い方には顔を知られている。
もちろん、ロイに知られるのは論外。
だから、万が一の時に動きにくいドレス姿を不利になると分かっていながら、敢えて選んだのだ。

車の中で、ヒューズと最終打ち合わせをする。

「いいか、エド。ファルザーノ・コルネオには充分に気をつけろ」
「分かってる」

ファルザーノ・コルネオ。今回のお見合い兼、パーティーの主催者で、ロイが捨て身で内側から叩き潰そうとしている人物だ。
そして、そのロイの暗殺を娘をダシにして企てている一人。

ロイが彼女を愛しているわけでもない。理由を知って『どうして俺に何も言ってくれないんだよ!……俺は、そんなに頼るに値しない存在なのか?』という淋しさと憤りが入り混じった感情と、でも作戦だと聞かされホッとしている自分がいる。
ゲンキンだよな、俺って。でも………やっぱり文句の一つでも言ってやらないと気がすまねぇぞ、あの無能っ!
やはり、怒りが沸々と湧いてくる。

ふと、ある事がよぎった。
「娘さん…フィオレッナさんだったっけ? 気の毒だよな。知ってるのかな…」

結婚した場合、自分の夫が自分の父を、家を自分を裏切るのだ。それは考えただけでも胸が苦しい未来。
幸せになるはずの結婚が、不幸だけを招く。

「お前さんが気にすんな。相手もなかなか手ごわいぞ?何たって当主の座を狙って、父親の寝首をかこうとしたことがあるらしいからな」
「げっ、それ本当かよ」
「おお、まじまじ!」

どうやら、フィオレッナ・コルネオには同情の余地はまったくいらないらしい。

「そんなんと結婚して、大佐……大丈夫なのか?」
「まあ、取って食われそうだな、あっはっはっ!」

別の意味でロイへの心配事が一つ増えてしまった。
そして、面白そうに笑い飛ばしていたヒューズが急に真剣な面持ちになる。

「ファルザーノ・コルネオはエド、お前の事も狙っている」
「………はい?」

運転席のヒューズの横顔を、思いっきりエドワードは間抜けな顔で見てしまった。
言われた意味が良く分からない。

「それって、どういう意味?」
「まあ、あれだ。ファルザーノは男も女も両方いけてな。愛人の数は両手に余るとか噂は華々しいぞ。しかも若ければ若いほど良いらしい。お前さんぐらいの歳の愛人もいるって話だ。」
あっけに取られ、エドワードは返答ができない。だが、アルフォンスは違う。

「そ、それってどういう事なんですか!そんな事聞いていないですよっ!」
いつもは礼節を弁えているアルフォンスが、事もあろうにヒューズに噛み付いたのだ。

「まあ、落ち着けや。それでな、ロイを消してお前さんの後見人に収まって、合法的に手に入れようとしてる、という噂もある。ま、あくまで下卑た噂だがな」
「そっ、そんな人の所に兄さんを差し向けるなんて、何考えているんですかっ!」
車中が殺伐とした雰囲気になる。そんな中、エドワードがアルを制止する
「アル…黙ってろ」
「に、兄さん、でもっ!」
「いいから、黙ってるんだ」

有無を言わせず、そのままヒューズに問う。

「なあ………その噂って、大佐も知ってるの?」
「……ああ、知っている」

無言で前を見る。雨が降っていた。3人には、規則正しく動くワイパーの音だけが聞こえる。

エドワードの女装には、ファルザーノへの対策も入っていたのだ。できるだけエドワードとは知られないように、ヒューズなりに気をつけたつもりなのだが。

それは無駄な努力になる。

「さあ、着いたぞ。そうだ、これがファルザーノだ、見ておけ」

胸ポケットから、ヒューズはファルザーノ・コルネオの写真を出してエドワードに見せた。
金色の瞳が驚きに見開かれる。

「へぇ、……もっと中年のコテコテとしたおっさんかと思ってたけど……バーコードとか」
写真で初めて見たファルザーノ・コルネオは銀髪をオールバックにして、青い瞳が印象的な、意外にもシルバーグレーという言葉が似合う紳士風の男性だったのだ。

「さあ、ここから中はお前さん一人だ」

コルネオ家の前で、ヒューズとアルフォンスは車の中で待機を余儀なくされる。不安も心配もある、けれど、今はエドワードに賭けるしかない。

「んじゃ、行ってくる」
「兄さん、その…気をつけて」
「おう、任せとけって」

絶対にロイを殺させないし、おっさんなんかに俺は良いようにされたりしない。
決意を秘めてニカッと笑う【少女】が頼もしい。

そんな少女を見送る二人が後悔の思いに駆られるまで、あと数時間。


意を決して潜入した屋敷内の大ホールは、どす黒いものを覆い隠すように煌びやかで華やか過ぎて、エドワードには嫌味としか感じない。
美しいとは、思えない。

「ロイは、まだ来ていないのかな?」

辺りを見回し、逸る気持ちを抑えこみ、とりあえず目立たないように壁際へと移る。だが、そんな様子を見つめている視線があるのを、エドワードは気がつかない。

青い瞳がエドワードを映し、ファルザーノの口端が上がる。

「これはこれは、なるほど………愛らしい少女というわけか。そういう趣向も悪くないね……私の、エドワード・エルリック…」



萌え立ったが吉日。
そして、・・・・・・・・すみません!須田は無類の女装&おじ様好きーvvなんですYO!
(あ、でもエドたん限定ですよ?)
もろに趣味に走ってしまってすみません(爆
おじ様のセリフが書きたいが為に、ここまで引っ張ってしまいました(汗

次の方、宜しくお願いしますっ!
まいこ
※この第3話より、オリキャラ設定があります。



弟に言われた通りにシャワールームに籠ったのだが、エドワードは熱い湯を浴びるわけでもなく濡れそぼったコートを脱ぐこともせずに、そのまま床に座り込んだだけだった。冷たい雨に冷え切った身体。ずぶぬれになった身体の重み。雨を吸った服の布地は肌にまとわりつき、上手く身体も関節も動かせない。身体が動かないのは何も雨のせいだけではない。この身体の冷たさよりももっと冷えるもの。この身体の重さよりもずっともっと重たく感じている、その理由。

……来なかった。大佐は。

来て欲しかったのか、それとも来なくて良かったのか。それはエドワードにもわからない。
あの場所に来て。そして、あんなうわさは嘘だと、否定してほしかったのか。見合いなどしないと抱きしめて欲しかったのかもしれない。嘘でも、嘘だとわかっても。だけど、来て欲しくもなかった。あの場所で待っていたら、決定的な別れを告げられたのかもしれない。
それを今はまだ聞きたくはなかった。

来なければ、言われなければ。
不安を抱えたままであろうと恋人という関係はまだ白紙にはなっていない。
たとえそれが。決定打を打たれるまでの短い間であろうと。
見合いをして結婚をして?何も言われないままだったら、まだロイを好きなままで居られるのかもしれない。ロイからも好きだと思われていると、そんなふうに自身の心を誤魔化すことさえ出来たのかもしれなくて。……けれどそんなことに耐えられるのだろか?結婚して妻を得たロイをこの目で見ることに?耐えられるわけはない。だけど、聞きたくない。ロイから告げられる別れの言葉など。
このまま何も言わないまま、ロイから何も言わないまま明日という日を迎えるのだろうか?
どちらも選べなくて。ただ雨に打たれ続けていた。

身体が動かない。
重くて、冷たくて。
心も動かない。
ただ、座り込んで。涙さえも凍ったまま。想いも凍りついて。

会いたかった。会いたくなかった。
会えば理由を問い詰めてしまう。自分を捨ててまで手にする未来など本当に欲しいのかと。女々しい感情だ。自分はロイよりも優先するものがあるというのに。ロイも、自分より優先しなければならない目的があると知っていたのに。

なのに。わかっているのにわかっていなかった。
ロイは上を目指す。そのために取れるべき手段はすべて取る。
その覚悟と決意を知っていたはずなのに。
両立などするわけがないのだ。目標と自分と。どちらか一つを選べと言われたのなら、エドワード自身だって恋人ではなく目的を選ぶ。それが償いで……しなければ自身を厭うまでになる。もしも、自分が弟の身体を取り戻すことを放棄して恋人を選ぶのなら。そんなものはいつか必ず瓦解する選択でしかない。ロイにも、目的のためにそんな手段を取るなと、自分を優先しろなんて。言えるわけはないのだ。どんなに心が痛んでも、それはできない。してはならない。ならば受け入れなければならないのだ。この痛みも重さも冷たさも。

いくら心が嫌だと叫んでも。

事実は、一つ。明日ロイは見合いをするのだろう。
そして、その結果は……。それは考えずともわかってしまう。目的のためには明日の見合いを断る理由などなくて。むしろ、これを好機にロイは上への足がかりを掴むのだろう。

止める権利など、自分にはない。

頭では、わかっている。これが正しい道のはずだ。
今でなくともいずれやって来たはずの未来なのだ。
それが今、現実になっただけ。覚悟なんてとっくにしていたはずだった。
なのに……。
冷えた心は動かない。このまま固く冷たくなってしまいそうで。

誰か、助けて。

心の奥底では助けを求める。そんな言葉を胸の奥で何度も叫ぶ。助けてなんて、言ったところで誰も助けてはくれないなんてコト、とっくの昔に知っているのに。

神に願う。祈りを捧げる。どうか頼むから、と。

無意味なことだとわかっているのに。現実を変えるのは自分の意志。変えたいのなら自分の足で立って歩いて、自分の手でつかみ取る。そう、わかっているのに。今までそうしてきたというのに。

助けて欲しいと叫ぶ心を抑えることができないのだ。初めからわかっていたことなのにと、割りきろうとしても悲しみに叫ぶ心は悲鳴を上げる。
こんな心など雨に流れて消えてしまえばいいのに……。
エドワードはただ一人で膝を抱え続けていた。

 

「ただいま。……兄さん?」
想いに沈んでいたせいで、アルフォンスが帰ってきたことにエドワードは気がつかなかった。バスルームの床にただ、座り込んで。虚ろな目を空に彷徨わせていただけだ。そんなエドワードを見たアルフォンスは、浴室のドアのところから無理やりに柔らかい声をかけた。
「まだそんなままでいたの、兄さん。早くシャワー浴びなよ、風邪ひくよ?」
けれどエドワードはアルフォンスの方を見ることすらしなかった。何も見たくない、聞きたくない。このまま世界が凍ればいいのに、と。エドワードは言葉ではなく全身でそう語っているようだった。アルフォンスはエドワードの態度には構わず、また、返事なども待たずに、ゆっくりと言葉を重ねていった。
「さっきヒューズさんに会ったんだ」
ロイの親友の名に、エドワードはほんの少しだけ眉を顰めた。今はロイに繋がる言葉など何一つ聞きたくはなかったのだ。
「これ、もらってきたんだヒューズさんに。それから兄さんに潜入捜査を頼みたいって言ってたよ」
軍務などこなせるような気分ではない。それ以前にエドワードはこの場所からもう動けなかった。
「シャワー浴びて、早く。そしたらヒューズさんに聞いてきたこと兄さんに話すよ」
エドワードは沈み込んだまま動かない。アルフォンスのほうに顔を向けることすらしなかった。が、アルフォンスはそんなエドワードの態度に構うことなく封筒の中から二枚の書類を取り出した。
「これ、ヒューズさんから受け取ったんだ。一枚目は明日の大佐のお見合いの詳細内容」
聞きたくない、そんな話など。エドワードは耳をふさぎたかった。そうしなかったのは冷たく重い腕も心も全くと言っていいほど動かなかったからだ。
「もう一枚は……大佐の暗殺と東部全体を転覆させる規模のテロ計画に関する報告書」
暗殺との単語を聞いてもエドワードは身じろぎもしなかった。もう全て凍りついたかのように動かない。動けない。
「詳しい話は身体あっためてもらった後で。でもね、兄さん。先に一つだけ言っておくよ。大佐のお見合いは……結婚とかじゃなくて、裏に絶対に何かある」
ぴくりと、肩が揺れた。そしてほんのわずかに目線だけ上げてきたエドワードにアルフォンスはその二枚の書類を指し示した。
「この二通、比べて見てよ。大佐のお見合い相手の名前はフィオレッナ・コルネオって女性。それからこっち、大佐暗殺計画に関係がある人達の名前の中にね、ファルザーノ・コルネオの名があるんだ。兄さんも知ってるよね、コルネオ家と言ったら……」
アメストリス建国時から代々の大総統を経済面から支えてきたコルネオ家。軍事国家のこの国で、軍人以外に政治や軍事に介入できるだけの経済力を持つ家など数はそれど多くはない。その内の一つ、現当主の名がファルザーノで、その一人娘の名がフィオレッナである。
「上流階級ってやつ、ボクなんかにはわからないけど。どー考えてもおかしいでしょ?……もしかしたら、お見合いっていうのは名目で、大佐は何かを掴みに行くんじゃないの?」
瞬間、エドワードの金色の目にわずかな光が戻った。



アメストリスは軍事国家だ。大総統を頂点に国の政治は展開される。だが、戦争をしているだけで国が成り立つわけはない。敵国に囲まれていればいつ何時戦争が勃発するのかもわからず、かと言って国内が安定しているわけでもない。多発するテロや紛争。それを強力な軍事力で抑えつけているだけにすぎないのだ。戦争には金がかかる。紛争ぼっ発を抑えるための平和維持にもまたしかり。国民から税金を徴収し、それを無駄なく配分したとしても。これだけの軍事力を維持するのは莫大な費用がかかる。武器や弾薬、戦闘を続ける兵士の輸送に食糧費、それだけでも莫大な資金だ。現在のアメストリスは南や北の大国と国境線で睨みあい、尚且つ西の国境では小競り合いと言った戦闘を繰り返している状態だ。東は大きな戦乱こそ現在はないとは云えども治安は決して良くはないのだ。大規模なテロを未然に防いでいるからこそ一見安全のように思われるだけで、内情はそうではない。国中が戦いの備えをしているような現状では金などそれこそ右から左へと流れるようになくなっていく。しかし、これほどまでに資金を投入し戦闘を継続していてもアメストリスは経済的な破綻など起こしたことはない。国を軍事面ではなく経済の面から支えてきたいくつかの企業や名家があるからだ。そのうちの一つが代々のコルネオ家の当主だ。合法・非合法問わず、ありとあらゆる経済手段によってアメストリスに富を、つまり金をもたらし、その軍事力を支えてきた。軍事以外の、アメストリスのもう一つの柱といっても過言でないかもしれない。事実、コルネオ家の推定資産は小国の王などよりも莫大だともうわさされている。膨れ上がった軍部の維持費、その不足分程度を捻出することなどは簡単なコトだろう。むしろ戦争を利用して、そこから利益を得ているのであるのなら。戦乱や闘争が起きれば起きるだけ、コルネオ家は栄えることになる。まあそれはコルネオ家のみに限ったことではないのだが。同様にアメストリスを影から支えるものは多いのだ。武器商人などもその一例だ。そしてそれらの者たちが非合法組織のテロ組織とつながって、戦乱をさらに激化させ、利益を得ているなどということも往々にしてよくあることだった。ロイがこの国の頂点に立ち、そして民主国家を設立するという目的を鑑みれば、いずれ取り除かなくてはならない勢力の一つだった。
その中でも今まで一分の隙を見せずにいたコルネオ家が、見合いという手段でロイに近付き、そして裏では暗殺をもくろんでいるらしい。そんな情報を入手した以上、見合いを断る理由などなくて。寧ろこれは今まで狙ってきた好機だと思えた。ガードが固く外堀から攻撃を仕掛けることができないのなら内堀に入ってそこから瓦解させるというのも戦いに勝つためのセオリーのひとつだ。そのためならば、結婚さえも単なる手段として取ることも吝かではないのだと。
その、つもりだった。覚悟はできていた。
……自身の心以外は。
少なくともこれは見合いという名の戦場だ。お互いの喉元に見えない剣を向けあって、共に相手を出し抜こうと、そう示された挑戦状。それが明日の見合いの内実。ロイはこれを機に国の安寧を邪魔する勢力の、その一端でも潰す気でいたのだ。けれど見合い一回きりの機会で。あの狡猾なコルネオ家の内側に入れるとは思えなかった。当然時間がかかるだろうことは分かっている。もしかすると結婚という手段を持ってして、何年もの時間を掛けて挑まなければならないのかもしれない。
けれどこれは自身の目的を達するためにはやらねばならないこと。
そうすることをロイは決めた。誰に強制されるでもなく自身で、自分の決断で。
そうしなければ倒せるような相手ではないと。
覚悟を、決めたはずなのに。
なのに。
「エド、ワード……」
かすれた声で、ロイは恋人の名を呼ぶ。そのささやかな音声は激しさを増した雨音にかき消されてしまう。
見合いも結婚も。それは嘘のもので。これは平和な未来を掴むための一つの手段でしかないのだと、愛しているのは君だけだと。そう言い訳をしたかった。けれど言わなかった。いや、言えなかった。
こんな手段をとれば誤解どころではない。
こんな手段を取る自分をあの真っ直ぐな子供は許さないだろう。それがわかっているからこそ。
冷たい雨に打たれ続けるエドワードのあの姿を、抱きしめることもできずにただ遠くから見詰めていただけだった。なにも告げずに明日の見合いの臨むことの方がよほど卑怯な行いだとわかっていたのだが。けれど……。
鈍色の空から、まるで何かを責めるように降り続いている冷たい雨。じわりじわりと心の奥底までも侵食していく。あの小さな身体をこの腕の中に抱きしめて、守ってやりたかったと思うのに。せめて心の中だけでも想い続けていたいと願うのに。
「私にはもう……そんな資格はない、な」
愛しているから信じて欲しいと、そんな言葉は嘘にしか聞こえないだろう。酷い男だと嫌われてしまうかもしれない。それが怖くて、雨に打たれるエドワードをただ見るだけしかできなかったのかもしれない。こんな手段を取ることを決めたのは自分自身。決意は、した。自分から別れることを。そのはずだった。だが、彼から厭われることには耐えられそうもなかった。
けれど……、と言い訳と取られるような思考は何度も何度もいつまでもロイの思考を占めてしまう。
「さよなら、エドワード……」
彼を想えるのは今夜一晩限り。いっそこのまま冷たい雨の夜が明けなければいい。
ロイは歯を食いしばり、天を睨みつける。けれどそこにはロイの望んだ金の光はほんの一筋すらもない。ただ、降り注ぐのは冷たい雨。振り仰いだところで暗く光のない鈍色の空が広がるばかり。

冷たい雨。痛いほどに。
雨は、降る。冷たく、重くそして激しく。ロイの心の中にも。


けれど、望もうが望むまいがいずれ雨は上がる。変わらないものなど何一つないのだ。今日は冷たい雨が降るこの空から、明日に降り注ぐのは更なる雨かそれとも陽光?

それを待つのではなく。自らの手でと。エドワードは座り込んでいた冷たい床から立ち上がり、真っ直ぐな視線をアルフォンスへと向けた。

「アル。その話……詳しく教えてくれ」

未来をと望むなら、うずくまって助けを待つのではなく。
いつだって自らの手と足で。

立って歩け、前へ進め。後悔などこれ以上しないために。





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第三話担当ノリヲでした。
事件もの事件もの、と唱えながら下書きしたら説明ネームが多すぎ……。減点対象ですね…。
では次の方へバトンタッチv



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ILLUSTRATION BY nyao