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初めてのお散歩・後編
 

 
おさんぽできるもん!
 
なんて、仔猫エドが飛び出してしまった。でも困ったことに金色の仔猫エドワードは、ロイの溺愛で筋金入りの箱入り仔猫で。
 
お外には何があるの? 
そう、垣根の向こうは未知なる世界。大人への第一歩なのだ。
 
そして、ブロック塀に前足を乗せたまま、お隣の大型犬ハボックは固まったまま動けないでいた。
 
「ロ、ロイさんに何て言えばいいんだ?」
「なにを、だ」
「ひっ!……い、いつお帰りになったんすかっ!」
「たった今だが……」
 
焦っていたらロイがお散歩から帰ってきた。
メス猫に絶大な人気を誇る甘いテノールの声も、今のハボックには心臓に悪いものでしかない。間違いなく、確実に寿命は縮んだ。
 
どう言えばいいんだ!というか、ロイを怒らせないようにする為には、どうすればいいのか、脳内を駆け巡るのは無駄な抵抗なことばかり。
 
そう、無駄。
だってそんなものない。
あるわけない。
 
エドワードが一匹で外へ出てしまったのだから。子守失格。でも、それはロイだって同じ。
 
ハボックの青ざめかたと、10cmほどの開いている縁側のガラス戸。
アルフォンスも自分も、散歩へ出かけているのだから開いていて当然なのだけれど、それにしてもハボックの焦りっぷりが尋常ではなくて。
しかも、「にょい、かえったの!」と小さな金色が飛び出してこない。
 
「……いつ、だ」
「え? あ、あの…」
「エドワードが外へ出たのは、何時ごろかと聞いている」
「は、はいっ!今さっき出たばかりっす!」
 
ちっと舌打ちをすると、ロイは垣根をくぐって外へと出て行った。ロイにハボックを怒ることはできない。
本来、子守を任されているのはロイなのだから。
 
散歩から帰ってくると、いつも自分に飛んでくるエドワードが可愛らしくて、「にょいといっしょにおさんぽにいく!」と駄々をこねる姿も、とってもキュート。正しく目の中に入れても痛くない存在なのだ、エドワードは。
だから、大きくなったら一緒にお散歩デビューなんて考えてはいても、エドワードを皆に見せるのは勿体無い。
いや、見せびらかさない方が勿体無いかも?
 
ロイはロイなりに悩んでいたらしい。
 
でも、いつも置いていかれているエドワードにしてみれば、そろそろ、ただ待っているだけなんて限界だった。
まして、弟のアルフォンスがお散歩に出ているのだから、余計に「おれもいきたい!」な気持ちが高まるのも当然のことで。
 
「きょうのおさんぽは、ぜったいついていく!」と、意気込んでいた。
でも今は冬、ぽかぽかコタツには勝てずお昼寝タイム突入してしまったのだ。そして、やはりというか、目が覚めたら誰もいなかった。
 
ハボックが何を言っても、エドワードには納得できない。待っているなんて、もうやだもん!
勢いに任せて、垣根をくぐって<外>に出た。
出て、初めての外をとにかく走った。
りんりんりんりん、鈴の音が昼過ぎの住宅地に響き渡る猪突猛進な走りっぷりは、かなり危ない。
車は急には止まれない。
でも、危ないけど住宅地のど真ん中で、車道とは離れていたのが幸いした。この道に車はほとんど通らない。
 
車は通らないけれど、猫たちならいる。
 
りんりんりんりんりんどんっ!こて…。
 
猪突猛進に走っていたエドワードが、何かにぶつかってこけた。そんな音。
 
「い、いたーい」
ぶつかって転んで、とっても痛い。お庭で遊んでいて転んだりしたら、いつもすかさず「大丈夫かい、エド?」とロイが飛んできて舐めてくれるけど、今は外。
ロイはいない。
いるのは、ぶつかった対象物で。
 
「あれ?なんだ、えらくちっさいね」
「ちっさくなんかないやい!おれはもうよんかげつなんだぞ!」
「4ヶ月?2ヶ月の間違いだろ、おちびちゃん」
 
挨拶代わりとばかりに、頭でちょん、とエドワードを突いてきた。もちろん、ころりん、と転がるのは必然で。
「なにすんだよっ!」
思わず涙目で訴えた。
でも真っ黒な猫は、「面白いや」と笑うばかり。
そんな時、
「いい加減にしなさい、エンヴィー。そんな小さな仔をからかってはダメよ」
「げ、ラスト…」
真っ黒な毛並みの、ラストというメス猫が窘めてくれた。
 
「え~と面白くてつい」
「仔猫ちゃん、大丈夫?」
「おれ、ちいさくなんかないもん!だいじょうぶだもん!」
「あら、勇ましいのね」
 
ロイと同じ黒い毛並みの猫達。種類も同じようだ。とてもロイによく似ている。
でもロイじゃない。だからなのか、つい涙腺が緩んでしまった。
 
「ふ、ふぇ…」
「え!?お、おい、泣くなよ、泣くようなことかよ!」
「ふぇーんっ!にょいーっっ!!」
 
とうとう、にょい、と叫びながら泣いてしまった。
困ったのは、エンヴィーとラストだ。
 
「何だよ。これじゃ僕達が泣かしたみたいじゃないか」
「あら、泣かせたのでしょ?」
「違うよ、こいつが勝手に泣き出したんだろ!」
 
と、二匹が言い合っている間も、エドワードは「にょいにょい!」と泣き叫ぶばかり。
 
「困ったわね。迷子のようだけれど…」
「にょい、って何だ??」
 
毛並みはぴかぴかで首輪がついている。間違いなく飼い猫。それも、恐らく外へ出たのは初めてなのだろう。
この町内は毎日散歩しているが、金色の仔猫を見るのは今日が初めてだ。
 
「にょい、ね。誰かの名前なのね」
「あっはは、間抜けな名前!そいつの顔を見てみたいや♪」
「私に何か用かね」
 
聞き覚えのある嫌味な程の甘いテノールの声に、エンヴィーはゲンナリする。
 
「誰もあんたなんか呼んでないさ。ロ…」
「にょいっ!」
 
今まで泣いていた仔猫が、耳も尻尾もぴんっと立たせてロイに飛んでいく。そう、まさしくダイブ。
呆気にとられるエンヴィーとラストを他所に、ロイは擦り寄ってきたエドワードを優しく舐めだした。
 
「寂しい思いをさせてしまったようだね。すまない、エドワード」
「にょい~vv」
 
二匹の周りは桃色。ハートも飛んでいる。
 
「何、あれ?っていうか、ロイがにょい??」
「そうみたいね。笑ってはダメよ、エンヴィー…」
「わ、分かって…るって…っ」
 
メス猫の憧れ王子様とまで言われているロイが、にょい!しかも、この舌ッ足らずな仔猫に骨抜きにされている?!
 
エンヴィーは笑いを堪えるのに必死だ。とりあえず、ロイは怒らせないことに越したことはない。優男風のくせに、怒らせると怖いから。
それ以前にエンヴィーはロイにもラストに頭が上がらない。年齢順だから仕方がない。でもそれは、ロイも同じだったりする。
 
「世話をかけたようだな。ラスト…」
「気をつけてあげなさい、ロイ」
「……分かっている」
 
叱られたように、何だかロイはバツが悪そうだ。やがて、エドワードの首を咥えて歩き出す。
 
 
ぶらぶら、ロイに咥えられてエドワードの小さな体が揺れていて。歩かせても良いのだが、何が起きるか分からない。エドワードはエドワードで、揺れて楽しい。
まったくもって、まだまだ赤ちゃんなエドワードと、過保護なロイなのだった。
 
そして家に帰ると、先に帰っていたアルフォンスにエドワードはこってり怒られた。
 
「にいさん!どこ行ってたの!勝手に飛び出したら危ないじゃないか!!」
「おまえだってさんぽしてるじゃん…」
「僕はロイ兄さんの許可が出てるから良いの!」
「お、おれだって…」
「生まれたばかりの赤ちゃんみたいに、首根っこ咥えられて帰ってきたのはどこの誰?しかも楽しそうにさ」
「うー」
 
まだまだ、エドワードには分が悪い。お散歩デビューはもう少し先になりそうだ。
 
 
ぽかぽか縁側でお昼寝。
アルフォンスはお散歩に出かけていないけれど、今日はロイが傍にいてくれて、エドワードはぴたっ、とくっついている。
ロイとっても幸せ、エドワードも幸せ。
 
「なあ、にょい……」
「ん、なんだね?」
 
夢心地なエドワードに、優しい声が響いて更に心地よくなる。
 
「あのえんびーとらすとって、にょいのしってるねこ?」
「そうだね、弟と姉だよ」
 
ロイにはラストという姉がいる。でも、カーティス夫妻に引き取られたのは、まだ仔猫だったロイで。
ロイが引き取られた後にエンヴィーが生まれて、その後にグラトニー、末にラースが生まれたばかり。
皆、兄弟だけあって同じ真っ黒な毛並みだ。
 
「でも……にょいが、いちばんかっこいい…」
 
むにゃむにゃと、顔を埋めているエドワードの寝言に、ロイの鼓動は跳ね上がってしまう。
 
「私もね、兄弟たちよりもアルフォンスよりも……君が一番だよ」
 
真冬だけど、二匹はとっても温かい。
木枯らしだって、春の陽気に変えてしまうほど、とっても幸せなお昼寝の時間。
 
明日は、エドワードを連れてお散歩をしてみようか、と思うロイだった。
 
おしまい
 

 
お散歩デビューは、そのまま「ロイの恋人お披露目」&「誰も手を出すな」なアピールになるんだろうなと思います(笑)まいこ
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ILLUSTRATION BY nyao