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A great eccentric




「すみませーん」

受付の事務所らしきところから声をかけるが誰もいないようだ。
玄関がわりの小さな受付所のその奥に見えるのは目的の建物。
ここの博士が巨額な「私財」を投じて自身の郷土に送ったという文庫だ。

この国の建物にしては珍しい木造洋風建築は周りの景観にそぐわず、ここがかの文庫であると主張していようだった。
慣れない異国ではあったが、お陰で探す手間を省いてくれた。

ちらりと視線をその隣に移せば、社交的な博士が人を招く為に作ったという、「来賓館」が見えた。
こちらは文庫とは対照的で、極めて純日本風の木造建築だ。
建物的にはこちらのほうが興味をひかれるが、自分の目当ては文庫に眠っている秘蔵の文献のほうだ。
受付の事務所の中を覗き込むように気配を伺うが、中は無人でまったく人の気配がない。

待ってんの面倒くせぇな、黙って入っちまうかなぁ。

と、アバウトな性格故の物騒な考えが脳裏を過ぎったが、ふと・・・・庭に続く横道をみつけて足を踏み入れてみた。
そこには雑誌や本などでよく目にした所謂「日本庭園」ほどではないが、綺麗に整備された広めの庭が広がっていた。
小さな石の砂利をぎしぎしとその足元に踏みしめながら、日本人は本当にこういった細やかな演出が好きだと感心する。

そんな庭の隅には、思わず見上げる程の大きな木があった。

うわっ、大きな木だなぁ。
なんて木だっけ?前に日本人の研究者から聞いたな。
黄色い、特徴のある葉の形。

ええっと、確か。

「あぁ、その木はイチョウですよ」

えっ?

振り返ると竹製のホウキを持った男が、一緒に木を見上げていた。
いつからそこにいたのだろうか、まるで気配を感じなかった。
木を見上げている男の横顔をまじまじと見つめれば。
落ち着いて見えるが、顔つきは童顔で若いようだ。

博士のとこの助手?学生にも見えるけど。
それとも手にしているのはどうやら日本特有の「ほうき」のようだし、掃除などしているところをみると使用人だろうか。

日本人って皆おんなじ顔つきしててわかんねーんだよな。

でもその中でもこの男の顔つきは、結構特徴的だ。
この国にとっては異人である自分の目から見てもわかるぐらいに。
いや、それどころかきっと女性が見たら喜ぶような、そんな魅力的な顔つきなのではないのだろうか。
じっと男の顔を見つめる俺を不審に思ったのか、男は木を見上げていた視線をこちらへと戻した。

「ええっと日本語はわかりますか?」

心配されている意味を悟って、思わず苦笑する。
どうやら日本語がわからないと思われたらしい。

「あぁ悪ぃ、大丈夫っ。すんげぇ【方言】とかじゃなきゃわかるぜ?」
そう言ってにっかりと笑えば、途端男が変な顔つきになった。

あれ?もしかして通じてない?
日本語ってマニアックで勉強すんの楽しくって。
結構自信、あったんだけどな・・・・ショックだな。

「君、その日本語は誰から」
神妙な面持ちで問われれば。
あぁ、やっぱりなんか変なんだと納得しつつも、どこが変なのかはさっぱりわからない。

「あぁ独学なんだ。なんか変か?イントネーションとかが」

「いや完璧なんだがね、その」
男の語尾の濁り具合にエドワードは不満げに口元をあげた。

「あー・・・・どうやったら独学の日本語の質がここまで落ちてしまうものなのかな。その顔でその言葉遣いだと
 千年の恋も冷めるというか・・・・」

「千年?なんだ、それ・・・。もっと標準的な言語じゃねーとわかんねーし。どっかの方言か何か?」

「いや、失礼。気にしないでくれ。ところでこちらには何か用件が?」

「あぁ!いけね、そうだった」と、本題を思いだし、慌てて紹介状をポケットから差し出した。

「ドイツのローベルト・コッホ先生から紹介状を書いて貰ってる。ここにある秘蔵書を見せて貰う約束を」

「あぁ!・・・そう言えば」といいかけた男は、だがしかしすぐに怪訝そうな顔つきになった。

「話は聞いているんだが。先生に師事して貰っている学生でエドワード・エルリックがこちらに来ると、だが確か年は」

「誰が子供にしか見えない豆かっ!俺はこれでも二十歳だ」
男の言いたい事を瞬時に悟り、皆まで言わせたくなくてそういい切った。

「人を外見で判断するなよな?」
ジロリと睨んだ俺の視線を受け流し、男は苦笑した。

「ああっ、それは失礼した。ではエドワード、早速書庫に案内しよう」

そう促されて、エドワードは男の後に従った。
男は先ほどの受付らしきところから鍵を取ってくると、文庫の中へと案内してくれた。
そう広くもない文庫の中には色々なものが展示してあって、ガラスケースごしに飾られたそれらはエドワードの好奇心
を非常に刺激した。
あまりあちらでは見かけない型の変わった顕微鏡や、家系図を記すという日本特有の記録媒体の形態である巻物など。
目に捕らえるものは全てが一々新鮮で、本当ならそんな興味がある品々を足を止めてじっくり見て見たくもあったが。
取り合えず文献が最優先だ。
それらを横目で見ながら、男に置いていかれないように歩調を合わせて後に続いた。

淡々と案内してくれる男の後ろ姿に、ふとエドワードは感じた疑問を投げてみた。

「ところであんたここで働いてんのか?大変だな?なんかすんっげー変わりものの博士だって聞いたぜ?」

「変わり者?」
立ち止まる様子もなく聞き返してくる男は、こちらを振り返りもしなかったので表情は見えない。

「おまけにさ、すんげーたらしなんだと!あんたは男だけど顔はいいから気をつけたほうがいいぜ。だから俺もさ、先生からくれ
 ぐれも狭いところや、暗いところで二人っきりになるなって言われたんだ」

「へぇ?」

「へぇって、あんたここの人間じゃねーの?」

「まぁ・・・・そうだが」

帰ってくる答えは単調で、どうにも男の感情が読み取れない。
ふぅん、雇い主が変わってると使用人も変わってんだな。
男の後姿にそんなことを思っていれば、ふとその歩みが止まった。

男の前にある壁かと思われたそこは、大きな扉になっていて。
重たく大きなそれを男が開けば、薄暗い廊下が広がっていた。
開いた扉から入った光は、更にその奥にある書庫を照らした。

そこは、更に網目状の扉によって遮られ、見れば日本式の大きな鍵「ジョウマイ」がかけられていた。
秘蔵の書は一般公開されていないと聞いた。
どうやら通常は鍵をかけられているようだ。
男がその扉にかかった錠に鍵を差し込めば、ガシャンという音とともにその「ジョウマイ」が外れた。

「さあ、どうぞ?」
そう言われて中を促された。
すすめられるままに、暗い書庫に足を踏み入れる。
少しカビ臭い匂いが漂うそこには、ところ狭しと本が並んでいた。

「わっ、すげぇ。な、あんた学生だか、使用人だか知らないけど勝手に俺をこんな大事な書庫に入れていいのか?」

「いいんだ、君は好みのタイプだし」
そう言った男の背後で、重たい扉がバタン音をたてて閉じた。
振り返れば男が後ろ手に扉を閉めた、まさにその瞬間が見えた。

エドワードの動きがピタリと止まった。

あれっ、今俺・・・・なんか訳し間違えたかな。
なんかへんなふうに聞こえたぞ。

「好みのタイプって聞こえたけど・・・・ごめん、なんか解釈の仕方がどっか間違って・・」

「いや?君は本当に日本語の解釈が上手だ。そのままだよ」
平然と間違いないとそう言い返されれば、血の気が引いてゆくのを自覚する。

「おい、ちょっと待て、よ。あの、俺男なんだけど?」
戸惑いがそのまま現れた口調でそう言っても、ニヤリと男は笑うだけだ。

「そうだね、見ればわかるよ」

「だって、あんた・・・ここの」

「そうだよ、ここの人間とは言ったが、私は使用人だとも、学生だとも一言も言っていないが?君は勝手に私を若く
 見てしまってはいないかい?」

「え・・・・」

「おや、人を外見で判断してはいけないんだろう?」
先ほど言い放った言葉を逆手に取られて、エドワードは言葉が続かない。

「あぁ、すまないね変わりものの博士で。申し遅れたが私が北里ロイ・・・・・」

げっ

「”すんげーたらし”で申し訳ないな」
そういわれてにっこりと笑われれば、更に生きた心地がしなくなった。

「ちょっ、待てよっ、あり得ねーって」

「うん?あり得ない・・・ということはない。君も知っているだろうが我々の世界でよく使われる言葉だがね」

「だって、北里博士っていったら。年は三十路軽く越えてて、破傷風菌の純粋培養法の確立と、血清療法の発見
 したおっさんだぜ?前人未踏で医学界にその名をとどろかせた偉大なる・・」

「変人?」
くすりと自嘲的な笑いを浮べながら、男はそう言った。

「あ゛」
そうだ、自分は確かにかの師ローベルト・コッホから、そう聞かされていたではないか。
何を今更動揺しているんだ。

「詐欺だっ」

「うん?」

「どっからどう見てもあんたの顔、公衆衛生にも、医学教育にも、医療行政にも無関係だっ。発展への貢献をして
 る顔には絶対に見えねーって!」

「ああ、そのギャップがいいんだよ」
と男はこの上もなく柔らかい笑みを浮かべる。
だが今のエドワードにとって、その様はきな臭いことこの上ない。
書庫内がもっと明るければ、更にそんな表情も鮮明に見ることとなるだろうから・・・・薄暗いのは不幸中の幸いだろうか。

「どう、いいんだって・・・」
げんなりした口調で問い返せば。

「らしくないところがまた女性にうけるんだよ」

「ああ、もうわかった。あんたがたらしなのはよくかわったよ」 

「いやいや、わかってないよ?君は先生の忠告を忘れているね?暗いところや狭いところは駄目だと言われていただろう?」

「え・・」

暗くて・・・・、狭くて・・・・、しかも二人っきりじゃねーかっっ。
その状況にエドワードは絶句する。


「さすがは先生、私の趣味をよくご存知だ」

確かにそう聞こえた言葉を、エドワードは自分の「日本語の解釈の違い」だと思いたかったが。
ニヤリと上げられた男の口元は、その事実をしっりと否定していたのだった。




A great eccentric  偉大なる変人の意です(汗)

作:つぐみ
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ILLUSTRATION BY nyao